子どもには欲望をおさえる力が育ちませんし

しつけができない

その強い愛着を持つ人物と突然引き離されて、初めていきなり見知らぬ人たちの中に放り込まれる体験がこの幼稚園·保育園への入園です。それまで毎日ママと一緒に家庭で過ごしていた子どもたちが、初めて味わう試練なのです。そう考えれば、いきなり「行ってらっしゃい」と言われても子どもたちは不安で不安で仕方がない、これは発達期の幼児では正常とされます。だから大泣きする、ということは自然に理解できるはずです。それどころか、大泣きをしてママと離れるのを嫌がるということは、この時期までにしっかり「ママ大好き」の「愛着」が脳内にでき上がり、「ボク(私)は絶対に見捨てられない!」と思わせようでは、こういったときにはどのように対処したらよいのでしょうか。幼児教育これこそが、脳育ての中では「自分を認められる脳」、つまり強くて折れにくい心を育てるための刺激の出番です。むしろ大成功の脳育て、と解釈してOKです。子どもと離れる前に、「今から幼稚園に行くけど、ママは○ちゃんが帰ってくるのをちゃんと待っているから大丈夫だよ」roちゃんが保育園に行く間、ママはお仕事をしてくるからね」などと話してから送り出してください。門の前で大泣きしても、「絶対にお迎えに来るから、大丈夫だよ」笑顔ですぐにその場を離れましょう。このとき、ちょっとしたコツが二つあります。

しつけを語る資格はない

  • 幼児に勉強をさせるには
  • 伸ばしているのですそのことは
  • 育てのカギを握ると言っても過言ではない物質ですで


幼児は落ち着いて


子どもの場合

発展部では、赤ちゃんが発する声の1オクターブ上の音で母親が応え、それに赤ちゃんがユニゾンで更に1オクターブ上の声で応えます。クライマックスではデュエットの様に一緒に声を出し、エンディングは「C(ド)」の音で終るのです。そして、この「C(ド)」の音は、赤ちゃんも母親も、幸せな気持ちになれる音だと言います。また、赤ちゃんの具合が悪い時や産後の鬱など、母親に精神的疾患がある場合に、コミュニケーションのパターンが変わり、クライマックス時のデュエットの音が低くなったり、エンディングのの音が下がってしまったり、起承転結と言う物語性もなくなり、母子のデュエットが奏でられなくなると言います。そして、二人の状態が良くなると再び音楽が奏でられると言う研究結果が出ているのです。

幼児の言い分を聞いてあげてください

これを「コミュニケーション的音楽性」と言います。私は学生の頃に音楽をやっていましたので、このコミュニケーション的音楽性の赤ちゃんに及ぼす影響が分かるような気がします。「C(ド)」の音が幸せな気持ちになれる音と言うのを、私なりに分かり易く説明すると「明るい楽曲はメジャー系」「暗い楽曲はマイナー系」と言えば、音のイメージが分かるでしょうか?言葉でも明るい口調の声は意識しないでも「メジャースケール(長調)」で話していますし、悲しい口調には「マイナースケール(短調)」で話しています。私が所属していたユニットは、ハーモニーを主体にしたフォークグループでした。メンバーのハーモニーが揃うと、皆の声を合わせて一つの歌を唄う·体感に、何とも言えな1、感動や楽しさや嬉しさを感じます。


意欲のさかんな子どもは

幼児には欲望をおさえる力が育ちませんし

「いい子ねとほめたくなる子どもです。とくにあいさつは、他人とのコミュニケーションの出発点ともなります。ですから、「こんにちは「さようなら」は、子どもが小さい頃から始めるしつけだと考えているお母さんが多いのではないでしょうか。また、食事のときにはきちっと座る-というしつけも、古くから行われてきたしつけです。れらのしつけの中で、ピソードがあります。


目を離すことのできない子どもです

とくにおじぎのしつけについて、私がいろいろと考えを深めるきっかけとなったエその一つは、幼児教育界の柱でもあり、日本のフレーベルといわれた故倉橋惣三先生にお会いしたときのことです。先生はその当時、園長をしておられました。先生の部屋に入りますと、ぽつんと言われたのです。「子どもって面白いですね。朝会ったときに、『園長先生、お早うございます』と言う子もあるし、ちょっと私の腰のあたりをつついていく子もあるし赤んべえをしている子もあるし、いろいろですな」と言われたのそのときには、そういう事実があるので、当然のこととして聞き流していたのですが、だんだん考えてみると、その時々の子どもの精いっぱいの表現を、大切にしなければならないことを教えてくださったことに気付いたのです。それを逆にいえば、子どもは親しみを感じている人には、そのときの発達段階によって、いろいろな表現をとるものだ!ということです。